家系図作成の縁喜堂 > お客様の声 > 自分は何者なのか?という疑問が、人生後半を過ぎた今、判りました。

自分は何者なのか?という疑問が、人生後半を過ぎた今、判りました。

  2016/08/18

東京都・神宮司様

お客様の声(東京都・S/J様)

私が大学3年生から4年生になる時に兄が雪山で亡くなり、しばらくして母そして父が闘病生活の末、亡くなりました。

私はかなり苦しい時期を乗り切り、結婚をして現在は、4人の子供たちを大学に行かせ、私自身の過去を振り返る余裕が出てきました。

兄そして父母の墓参りに行くにつれ、自分が親から生まれて来たのだが、その親の親はどういうルーツがあったのか、果たして自分という存在は何者なのか、という疑問が出てきました。

昨今、本屋さんで売っている書籍で、「家系図を作る」などのタイトルが多数並んでいますが、私も一冊購入をして、家系図を作ってみようと試してみましたが、戸籍に出て来る名前が膨大な人数になり、また筆で書かれている古い物は読めず、また仕事が忙しくなり専門家に依頼しなければ無理だと思い縁喜堂さんに依頼した次第です。

依頼をした途中経過で、チョンマゲをしていた時代の戸籍が出てきて、意外な事実を知った訳です。

意外な事実というのは、ここでは詳しく書きませんが、私が子供の頃、私の爺さんや婆さんから聞いた我が家のルーツに関しての事です。

今手元に完成した家系図がありますが、自分は何者なのか?という疑問が人生後半を過ぎた今、この様なルーツがあって、自分は存在しているといういう事が判りました。

そしてもう一つ、膨大な人物が記載されていて、彼らは、どの様な人生を歩んできたのだろうか。彼らも、かなり辛いこと、嬉しいこともあったはずだろう。と言うことが推測されます。

私という存在を二代前、三代前の人は意識は当然していないでしょう。
しかし、彼らは必死に家を守り、子供を育て、子供は嫁を貰い、それが結局は家系を存続させることだったということになります。

という事は、私という存在が生まれたのは、偶然ではなく必然だったのです。

その事を確認するだけで家系図の意味があると思いました。

そしてその私の子供達がそれぞれ結婚をして、子供を作りその子供がまた結婚をしてというふうに考えると、私が想像も出来ない何代も先の子供達も偶然ではなく必然的に生まれ、そして私のDNAを持って生まれて来る。

家系図は後生大事に飾るのではなく、活用しなくてはならないと思います。

その時に縁喜堂さんに作成して貰った家系図に未来の子供達を書き足していくとなると、家系図は過去の人たちを調べるものでは無く、未来の子供達が自分の足跡を残し、過去の人たちが失敗や成功した経験則を家系図と一緒に追記すれば、その人だけの最高に素晴らしい実記になります。

まさに家系図は過去から未来に繋ぐ思想のパイプラインだと思うのです。

役に立った/参考になったと思ったら、いいね!やシェアをいただけると励みになります

公式アカウントで最新情報をお届け中!
気軽にいいね!やフォローをお願いします。

サンプル請求・お問い合わせ

Copyrights (c) engidou.net All Rights Reserved.

トップへ戻る